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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)8221号 判決 1956年10月12日

原告 藤沢乙女

被告 谷ぎん

主文

被告は原告に対し東京都台東区黒門町八番地の二所在(家屋番号同所八番地の五)木造ルーフイング葺平家建居宅一棟建坪八坪を収去して同所同番地の二宅地十六坪三合を明渡し且つ昭和三十年二月十二日から右土地明渡済に至るまで一箇月金千四十一円の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、主文第一項掲記の土地は原告の所有であるが、被告は正当な権原なくしてその地上に主文第一項掲記の建物を所有して右土地を占有し不法に原告の土地所有権を侵害し原告に対し賃料相当額たる一箇月金千四十一円の割合による損害を加えている。よつて原告は被告に対し土地所有権に基き本件建物の収去並びに本件土地の明渡を求めるとともに右損害発生の日の翌日たる昭和三十年二月十二日から右土地明渡済に至るまで前記割合による損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の抗弁に対し、本件土地の所有権が被告主張の日時、被告主張の原因により富田逸二郎、富田冬子、原告の間を順次移転したこと、本件建物につき被告のためにその主張日時所有権の保存登記がなされたことは認めるがその余の被告主張事実はすべて争う。土地の所有者がその不法占有者に対し土地の明渡を求めるのは正当な権利行使であつてなんら非難を受くべきいわれはないと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張の土地が原告の所有であること、被告がその地上に原告主張の建物を所有し右土地を占有していることは認めるがその余の原告主張事実は否認すると述べ、抗弁として本件土地はもと富田逸二郎の所有であつたところ昭和二十九年八月二十七日同人が死亡したので同人の子富田冬子がその遺産を相続し右土地所有権を承継取得し次で昭和三十年二月十一日原告が富田冬子からこれを買受けてその所有権を取得したものであるがこれよりさき長野久次郎は逸二郎から右土地を建物所有の目的で賃借し、被告は昭和二十一年十月頃久次郎から右賃借権の譲渡を受けた。仮に賃借権譲渡の事実が認められないとしても被告は久次郎から右土地の転貸を受けた。しかして右賃借権の譲渡又は転貸借については当時の地主たる逸二郎の承諾があつた。そこで被告は右賃借権又は少くとも転借権に基き昭和二十二年五月頃右土地に本件建物を建築し昭和二十九年十二月二十四日その保存登記を了したものである。従つて原告から本件土地の明渡を求められる筋合はない。仮に右主張に理由がないとしても被告は九十歳の老令でその子谷みね及びその幼年の子二名と本件建物に居住しみねの手内職により辛うじて生計を維持しているものであつてもし右建物を失うときは忽ち路頭に迷わなければならない。これに反し原告は他に邸宅を構え手広く事業を営んでいて少しも本件土地を使用する必要がないにかかわらず被告が弱少な女所帯なのに乗じて転売の目的で本件土地明渡の請求をなすものであつて右請求は正当な権利行使の範囲を逸脱し民法第一条にいう権利の濫用であると述べた。<立証省略>

理由

主文第一項掲記の土地がもと富田逸二郎の所有であつたところ被告主張の経緯により原告の所有に帰したこと、被告がその地上に主文第一項掲記の建物を所有して右土地を占有していること、右建物につき被告のため保存登記がなされていることは当事者間に争がない。

ところで被告は右土地の賃借人長野久次郎から適法に賃借権の譲渡を受けたものである旨を主張するから考えてみると成立に争のない甲第三号証の一、二、証人谷みねの証言により真正に成立したものと認める乙第二ないし第四号証、同第六、七号証、同第九ないし第十一号証並びに右証言、証人富田冬子(但し後記措信しない部分を除く)、同長野久次郎の各証言を綜合すれば、富田逸二郎は本件土地所有当時これを長野久次郎に賃貸していたこと、被告は久次郎の親戚で従前右土地の近辺に居住していたものであるが終戦後久次郎が他所に居住して右土地を使用しないのでこれを借受けて住宅を建築しようと考え昭和二十一年五月頃までの間に久次郎から右土地使用の許諾を受けたうえ、同年六月一日富田逸二郎の土地管理人たる日本不動産株式会社に対し昭和十九年十二月分以降の延滞賃料合計金百三十一円六十六銭(一箇月金十円六十二銭の割合、但し、昭和二十年四月ないし同年十月分はこれを減額した一箇月金二円十二銭の割合)の立替払をなして昭和二十一年六月三日右土地に仮設建物を新築することにつき右会社の承諾を得次で昭和二十二年四月頃右地上に本件建物を建築したこと、もつとも右会社は右建築の承諾にあたり従前の賃借名義に従い久次郎宛の承諾書を作成交付したにすぎないこと、ところが地主たる富田逸二郎は右建築の事実を知りながらこれにつきなんら異議を申立てず被告から賃料の支払を受けたこと、これを推すときは被告が本件土地を建物所有の目的に使用するについては地主たる富田逸二郎の承諾があつたものであること、なお、右賃料は少くとも昭和二十四年六月分までは従前同様一箇月金十円六十銭であつたがその後値上され少くとも昭和二十六年四月分以降は一箇月金四百九十円、同年八月分以降は一箇月金五百三十一円となつたこと、しかして被告は久次郎に対し同年八月一日以降地主に支払うべき賃料と同額の金銭を支払うべく約したが地主との談合により久次郎に支払うべき金額を軽減するため前記最終の賃料値上の事実を秘し且つ右約定額を半額に減ずべきことにつき久次郎の承諾を得てその支払をなし昭和三十年八月二十九日久次郎から右土地の賃借権を金四万六千五百五十円で買受けることとし右同日までに前記約旨に従つて同人に支払を了した合計金一万六千五百五十円を右代金に充当し残金三万円を支払つたことが認められ右認定に牴触する証人富田冬子の供述は措信することができない。しかしながら右認定の事実中被告が本件土地を使用するにつき当初賃借人たる長野久次郎から得た承諾の内容が賃借権譲渡の趣旨でありその後逐次久次郎に支払つた金銭が右譲渡代金の分割払の趣旨であつたことについてはこれを首肯せしめるだけの事情の存在が認められないから証人長野久次郎、同谷みねの各証言中右事実を窺わせる旨の供述はたやすく措信し難く又前出乙第十号証中右同様の記載部分はいまだ採つて以て証拠となすに足りない。そうしてみると長野久次郎は被告に本件土地の使用を許諾したがいまだ本件賃貸借関係から離脱せず結局その間には右土地の転貸借がなされたにすぎないものであつてその転貸料は当初は賃料額と同額、昭和二十六年八月一日以降はこれに久次郎が被告から支払を受けた月割の金額を加えた金額とし賃料は転借人たる被告から直接賃貸人に支払われたものであると認めるのが相当である。

従つて被告が長野久次郎から本件土地賃借権を金四万六千五百五十円で買受けた当時原告が既に右土地所有権を取得していたことは前記認定の事実であるからこの点は論外とし少くとも原告の土地所有権取得前においては被告が久次郎から適法に本件賃借権の譲渡を受けたものである旨の被告の主張は理由がない。

次に被告は転借権に基き本件土地を占有しその地上に登記のある建物を有するものであるから右転借権を原告に対抗し得る旨を主張しなるほど被告が富田逸二郎の所有当時本件土地につき適法に転借権を取得したことは前記認定の事実から明らかであるけれども土地の転借人がその転借権を以て土地の所有者に対抗し得るためには土地の賃借権自体に対抗力がなければならずそのためには賃借人が当該借地の上に登記のある建物を所有していることを要し、転借人が登記のある建物を所有しているだけでは足りないと解すべきところ、本件土地の上に賃借人たる長野久次郎所有の建物が存することについてはなんら立証がない。従つて久次郎の賃借権ひいては被告の転借権はこれを以て本件土地の新所有者たる原告に対抗するに由がないものと謂わなければならない。

それならば特段の事情がない限り被告は本件土地の不法占有により原告の所有権を侵害し原告に対し賃料相当額の損害を加えているものと推認すべきであり、成立に争のない甲第一号証によれば本件土地の地代統制額は一箇月金千四十一円五十七銭であることを認めることができるから右金額を以て適正賃料と認めるのが相当である。

なお被告は原告の本件土地明渡の請求は権利の濫用である旨を主張するが仮に被告主張の前掲事情が存在するとしても前説示の事実関係のもとにおいては直ちに本件土地明渡の請求を以て権利の濫用と謂うを得ないから被告の右主張は採用しない。

よつて被告に対し本件建物の収去並びに本件土地の明渡を求めるとともに右土地の不法占有による損害発生の日(原告の土地所有権取得の日)の翌日たる昭和三十年二月十二日から右土地明渡済に至るまで一箇分金千四十一円の割合による損害の賠償を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

なお原告は仮執行の宣言を求めるが本件においては、仮執行の宣言を付する必要を特に認めないから右申立を却下する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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